石灰産地
寿永三(1148)年二月付『無動寺検校慈鎮譲状』によれば、山城国乙訓郡から毎年「石灰壱魁」が都へ貢進されることになっているし、また承安3年9月20日付『八条廉下文集』では「近江国石灰庄」の名が見え、ここでも石灰の製造が行なわれていたことを想像させます。
因みにこの「石灰庄」は現在の甲賀郡石部付近と推定されます。
ここはわが国有数の良質の石灰岩の産地で、江戸時代以降、特に石灰産地として著名になるところです。
ともあれこのような外壁リフォーム資料からは、石灰の生産はもはや律令制下のように中央官司における独占事業ではなく、各地で製造が始まり、貢進物としても採り上げられていたのでしょう。
« 媚薬 | メイン | 原料の違いによる性質 »